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香気成分から紐解く、酵母のアミノ酸代謝と可能性

2020/11/30

最終更新日:2021/10/26

こんにちは。
三軒茶屋醸造所 杜氏の戸田です。今回は日本酒の醸造中に生成される香気成分について書いていこうと思います。

今回は酵母のアミノ酸代謝にまつわる香気成分について見ていきましょう。

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<目次>
1.酒造りにおけるアミノ酸
2.香りを生み出す起点「ロイシン」
3.香気成分のかなめ「ケト酸」
 3-1.酢酸イソアミル前駆体「イソアミルアルコール」
 3-2.高精白で現れる吟醸香「酢酸イソアミル」
 3-3.酵素的参加を引き起こす「イソアミルアルコール」
 3-4.上槽時期が早いと出現するつわり香「ジアセチル」
4.代謝異常で生みだされる含硫化合物「硫化水素」
 4-1.漬物香のもと「チオール類」
 4-2.マスカット様の香り「4MMP」
5.香気成分の新たな一手「ボタニカルSAKE」

酵母による香気成分代謝

 

1.酒造りにおけるアミノ酸

アミノ酸値の高いお酒は「雑味が多い」「苦い」とされ、特に吟醸酒においてはアミノ酸を低く出したほうが良いという傾向にあります。

一般に吟醸酒を造るために精米歩合を低くするのが普通ですが、それには米の外側にタンパク質や脂質など、酒の“雑味”につながる成分が多く含まれているからという理由が大きいです。
アミノ酸値を低くするために麹の使用量を低くし、原料米のタンパク質含有量を低くするのが通例となっています。

しかし1つ視野を変えてみると、日本酒はワインやビールなど、他の醸造酒と比べると高いアミノ酸の含有量を示します。
つまりアミノ酸は日本酒の1つのシグネチャーとなりえるという可能性も持っていると解釈できます。

そこで今回、香気成分について綴る際にも、アミノ酸代謝から紐付けて記述するのが良いだろうと考えたのが、大きな理由の1つです。

 

2.香りを生み出す起点「ロイシン」

さて、今回はアミノ酸代謝の中でも「ロイシン」というアミノ酸に注目します。
ロイシンとは分岐鎖アミノ酸(BCAA)の一種で、人体では筋肉の合成にもよく用いられるためサプリメントとしても幅広く使われています。

ロイシンを含めた分岐鎖アミノ酸は酵母によって生合成/分解のどちらも起こります。 さらにロイシンはその分解/生合成の過程で様々な香気成分と関わっているため、今回取り上げるに至りました。

余談ですが、なぜ分岐鎖アミノ酸の中でもロイシンなのか?ということにも少し触れてみましょう。
生合成される分岐鎖アミノ酸、イソロイシン、ロイシン、バリンのうち酵母のアミノ酸取り込み能が一番大きく働くのがロイシンとなっています。

一般に化合物の生合成については“フィードバック阻害”という機能が働くことが多くあります。
フィードバック阻害とは、A→Bと生合成する経路があった際にBが増えすぎると一時的にBがこの反応の阻害要因となってA→Bの生合成の速度が低下する、というものです。
例えるなら狭い部屋の中でひたすらに人形を作っていたら部屋が圧迫されて作るスペースが無くなってしまった、みたいな感じでしょうか。

 

ロイシン、ケト酸

 3.香気成分のかなめ「ケト酸」

さて、ロイシンに話を戻すと、酵母によるロイシンの取り込み能が高いということはフィードバック阻害も軽減され生合成も活発化する可能性もあり、分解/生合成どちらからも中間生成物が生まれると予想されます。

実はこの中間生成物であるケト酸が大きく香気成分の合成に関わっています。
(※ケト酸:α-アセト乳酸など。ケトン基とカルボキシル基を含む有機酸。アミノ酸が゙脱アミノ化して生成したりします。)

 3-1.酢酸イソアミル前駆体「イソアミルアルコール」

さて、このケト酸を中心に香気成分の生合成を見ていくと、まずケト酸から生まれる香気成分で出てくるのが「イソアミルアルコール」になります。高級アルコールとも呼ばれ、マッキーのような香りが特徴で一般にはオフフレーバー(ネガティブな香り)とされます。

生成経路は以下のようになります。

ピルビン酸→ケト酸→イソアミルアルコール(分岐アミノ酸の生合成) 

ロイシン→ケト酸→イソアミルアルコール(エーリッヒ経路・アミノ酸分解) 

このようにイソアミルアルコールこそアミノ酸の生合成・分解の両方から得られる化合物となります。

イソアミルアルコール

3-2.高精白で現れる吟醸香「酢酸イソアミル」

さて、イソアミルアルコールはネガティブなニュアンスで取られることがおおいですが、実は日本酒における吟醸香の1つである「酢酸イソアミル」の合成にも大きく関わっています。なので、一概にイソアミルアルコールを悪者とすることはできません。

酢酸イソアミルの合成経路は下記のとおりです。

イソアミルアルコール+アセチルCOA→酢酸イソアミル(アセチル化) 

アルコールアセチルトランスフェラーゼ(AATFase)によってイソアミルアルコールがアセチル化され生まれる香りが酢酸イソアミルです。一般的にはバナナ様の香りと表現されます。

またAATFaseは不飽和脂肪酸によって発現が抑制されます。つまりよく精白されている方が、米の外側に多く含まれる脂肪がなくなるため、香り高い酒を生み出せるという側面もあります。
(ちなみに、もう1つ有名な香気成分である「カプロン酸エチル」については酵母の脂質合成が大きく関わってきます。)

 酢酸イソアミル

3-3.酵素的酸化を引き起こす「イソアミルアルコール」

さて、アミノ酸代謝から吟醸香である酢酸イソアミルについて紐解いていきましたが、1つ注意しなければいけないポイントがあります。それが一般的に生ひね香といわれる「イソバレルアルデヒド」の存在についてです。

生成経路は以下のようになります。

イソアミルアルコール→イソバレルアルデヒド(酵素的酸化) 

ロイシン→イソバレルアルデヒド (ストレッカー分解)

以上のように、イソアミルアルコールが存在すると酵素的酸化を起こして生ひねを起こしやすくなるリスクも発生します。

一方、火入れをすると酵素は失活するので、香りを飛ばさないように火入れをすることができれば、リスクも大きく低減します。

イソバレルアルデヒド

3-4.上槽時期が早いと出現するつわり香「ジアセチル」

またケト酸にまつわる香気成分では「ジアセチル」の発生が知られます。中間生成物であるケト酸の中でも「α-アセト乳酸」に注目します。

ピルビン酸→α-アセト乳酸→ジアセチル(酸素多) →アセトイン(酸素少) 

以上のように分岐アミノ酸(BCAA)生合成途中のα-アセト乳酸が酸化されて生じます。

醪内では酵母菌体内でアセトイ ンへと脱水酵素が働き、さらに2,3-ブタンジオールに還元されるため、発酵中の醪ではこの香りはしません。

ジアセチル自体は「つわり香」 と呼ばれることもあり、乳製品に多く含まれる、バターやホワイトチョコのような香りです。上槽時期が早いと残存α-アセト乳酸が酸化されジアセチルが発生します。

ちなみに、こちらはビール醸造ではラガービール、特にピルスナースタイルで出ることが多いですが、オフフレーバーとして認識されるために、多くは「ダイアセチルレスト」という過程を経ます。ダイアセチルレストとは主発酵が終わったあとに温度を上げることで酵母の活性を上げてα-アセト乳酸を消化するという工程です。またほかにも乳酸菌によって生成されるこ とも多く、火落の際にも出るといわれます。

ジアセチル

 

4.代謝異常で生みだされる含硫化合物「硫化水素」

さらに視野を拡大しましょう。
アミノ酸の代謝異常が起こると含硫化合物が生まれるとされます。硫化水素は温泉卵のような匂いですが、以下のような経路で生成されます。

システイン → H2S+ピルビン酸+NH3 

システインは硫黄を含むアミノ酸です。
パントテン酸欠乏により、ATPも欠乏し、上記の反応の阻害要因がなくなり進行します。ざっくりいうと、栄養が欠乏したときに含硫アミノ酸が代謝されて生じる香りだ、ということです。ワインの世界では還元臭の一種とも言われます。

硫化水素

4-1.漬物香のもと「チオール類」

また含硫の香気成分として有名なのはチオール類です。日本酒ではDMS,DMTS(順に青のり様、漬物様の香り)など、ネガティブなイメージが強いですが、ワインなどでは3MHなどパッションフルーツやカシスの香りとして捉えられる香りも存在します。

チオール

4-2.マスカット様の香り「4MMP」

さて、近年注目される4MMPと呼ばれるマスカット様の香りもチオール類の1つです。
ぶどうの場合は前駆体がシステイン抱合体の形で存在していて、βリアーゼの作用により遊離します。4MMPが出るお酒には低グルテリン米 が用いられるとされます。低グルテリン米とはタンパク質が少ない米、つまり結果として醪中のアミノ酸がすくなることで代謝異常を起こし、生成されるというのが一説のようです。先に上げた硫化水素が生成される過程とも結びつく可能性もあるのではないかと考えます。

4MMP


またこのようにアミノ酸代謝に紐づけて香気成分を眺めてきましたが、そもそもアミノ酸代謝は酵母の増殖期にほとんど起こります。
つまり極度の低温経過により酵母数をMAXまで増やさない場合、アミノ酸代謝は継続する可能性もあるのではないでしょうか。そう考えると、低温でじわじわと酵母数を増やし、低温発酵により醪から揮発する成分を低く抑える造り=吟醸造りが、香りのよく出る造りとなることも頷けます。

 

5.香気成分の新たな一手「ボタニカルSAKE」

また例えば技術的可能性としては、
極端に蒸気圧を上げてタンパク質変性を起こすことができれば、低グルテリン米に近い状態で醪を経過させることができるのではないかとか、
またボタニカルSAKEにおいては玉露などがチオール系の香気成分をよく保持するため、意図的に栄養を制限できるような造りができれば、システイン抱合体から遊離することができる可能性も考えられます。

一般的に吟醸造りなどの初期低温/低糖状態では酵母から硫化水素が発生することが多くありますが、この香りは発酵が進むごとに揮発していきます。
もし仮にそこで良い側面のみ残すことが可能であれば、仕込水に玉露を使うことで非常に面白い酒造りにつながるかもしれません。ただ玉露の場合はテアニンが多いので富栄養になる可能性も否めませんが…。

しかし三軒茶屋醸造所では、発酵後期に玉露を用いたお酒に挑戦したことがございます。

三軒茶屋醸造所2周年記念酒

三軒茶屋醸造所創立2周年記念酒
水に青茶、留水に紅茶、仕上げに玉露を用いました。青茶、紅茶によるリナロールやゲラニオールなどのモノテルペン系の香りに加えて、玉露が加わることでライチのようなニュアンスをもたせることに成功しました。ここでも含硫香気成分に対する可能性が1つ切り開かれたかと思っています。

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戸田京介

Text by TODA
WAKAZE三軒茶屋醸造所2代目杜氏。
埼玉県戸田市出身。名字と出身地が同じという稀有な人材。肩書の長さには自信がある。会うたびに髪が長くなっているとの噂があり、社内でも髪型の方向性がわからないという声が度々上がる。酒造履歴としては、三軒茶屋醸造所立ち上げ直後から蔵人として杜氏 今井翔也に師事。同年冬には千葉・木戸泉酒造と群馬・土田酒造にて修行し、翌年9月の今井渡仏にあわせて三軒茶屋醸造所での酒造業務を任される。2020年4月より、三軒茶屋醸造所杜氏として指揮をとる。

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