温めてほっとする味わい。栗どぶろくの誕生秘話。
2020/12/07
こんにちは、三軒茶屋醸造所 蔵人の山岸です。
2019年11月から醸造所アルバイトとして酒造りに向き合いはじめて、先月でちょうど1年が経ちました。
11月20日に発売開始した「三軒茶屋のどぶろく〜栗〜」は、自分がレシピを提案したことではじまった1本です。
レシピ考案から携わり、三軒茶屋醸造所杜氏の戸田さんに様々教えていただいたことで、お酒として完成させられたので、思い入れもひとしおです。
(すでにオンラインストアでは完売となってしまいました、本記事末尾にお取扱い酒屋さんを載せます!)
そこで、今回は栗どぶろくを造るに至った経緯から振り返っていこうと思います。
1.栗どぶろくへの道のり
1-1.「温めてほっとするお酒」が造りたい
1-2.栗農家さんでの出会い
1-3.栗という素材について
2.栗どぶろくを造ってみて
2-1.香りの試行錯誤
2-2.原料処理の試行錯誤
2-3.熟成への仮説
2-4.今後について
3.「栗どぶろく」 取扱いの酒屋さん
1.栗どぶろくへの道のり
1-1.「温めてほっとするお酒」が造りたい
自分は「お酒やコーヒーなどの飲料がヒトに与える良い影響」について興味があり、よく考えることがあります。
・行きつけの居酒屋さんで飲むお燗にほっとする。
・食後の温かいお茶で一息つく。
そんな経験から、「本格的な冬が訪れるこの季節に温めても美味しいどぶろくを飲んでリラックスしてほしい」と考えるようになりました。
どぶろくは歴史的にも自家醸造で造っていたこともあるくらい、日常のお酒。今回のどぶろくでも、食事後など「日常の中でリラックスする時間」にゆったりと寄り添うお酒を目指します。
「お燗向きのどぶろく」なんて、今まであまりなかったレシピです。
どうすれば、を考えるにあたり、杜氏の戸田さんに相談をしました。
重要なのはアミノ酸なのでは、普段よりも麹歩合を高くするのがよいのではないか、という仮説から、
「多麹のお酒をお燗にするとほっとするよね」という経験を踏まえて、今回のどぶろくは多麹で造ることに決まりました。
麹にも、いくつか種類があります。
結果としては、今回のどぶろくでは白麹の割合を減らした黄麹多めの配合で行えるように、戸田さんに相談しレシピに落とし込みました。
「三軒茶屋のどぶろく」では、クエン酸をたくさん出す白麹を多く用い、酸度を確保することによって雑菌汚染を防ぐことで、綺麗な味に仕上げています。
白麹が出すクエン酸に対して、「冷たい状態だとキレの良い酸味を出すが、お燗にした際には引っかかる苦味のようになる」という印象が自分の中にあったためです。
1-2.栗農家さんでの出会い
自分が働く三軒茶屋醸造所に併設する「Whim SAKE &TAPAS」のシェフとともに長野に伺いました。
いろいろな農家さんを巡る旅だったのですが、そこでシェフの知り合いである小布施栗の農家さんにお話を伺う機会がありました。
昨年夏、台風19号の豪雨により千曲川の氾濫があったことはみなさんも記憶に新しいと思います。その農家さんの栗畑も浸水被害を受けてしまい、畑に虫が大量に沸く様になってしまったそうです。
また今年の夏は特に暑く、作物の生育に大きな影響があり、小布施の栗も例年より少し小ぶりなものが多くなってしまったとも。
このような栗たちは、味や香りが普通のものと変わりなく美味しいにもかかわらず、市場ではあまりいい値段がつかないそうです。
「この栗たちで、どぶろくを仕込むことができたら」。これが実現できたら、醸造所だけでなく、農家さんにとっても双方良しで心地いいなと思い、栗どぶろくを作ることに決めました。
1-3.栗という素材について
今回使用した小布施栗(おぶせぐり)は、江戸時代には将軍家に献上されていた果実であり、徳川三大果の一つであったという歴史があります。
栗はミネラルに富み、デンプン質であることから、とても栄養が豊富です。昔の人々はとても重宝した果実だったのではないかと思われます。
また、栗は約5000年前の遺跡である三内丸山遺跡からも発見されており、日本人に昔から馴染み深かったものだとも窺えます。
栗は米と同じくデンプン質です。
そのため「麹との相性が良さそうで面白そうだ」と造る前からも戸田さんとはよく話していました。
その試みとして、黄麹で栗を糖化させた甘酒のようなものを造り、それを段仕込みの最後、四段目として仕込んでみました。
栗を糖化させた時点でかなりどろどろに溶けていましたが、四段後の醪も今までになく、もったりと仕上がりました。
さらに、味わいの厚みもかなり加わったことで「栗らしさ」が出せて満足のいく出来にたどり着くことができたのです。
2.栗どぶろくを造ってみて
栗どぶろくを実際に造ってみて、予想していた通りにいかないことがたくさんありました。
2-1.香りの試行錯誤
栗はそこまで香りが強くありません。「どうにかして栗の香りを引き出せないか」と様々な実験を試みました。
栗を麹の糖化酵素で甘酒状態にしてから醪に加える方法を考えましたが、ここではその「栗甘酒の状態」でどれだけ香りが出せるかが鍵です。
栗のみならず、植物の香りは酵素の働きでよく出るようになると知られており、その酵素は白麹に多く含まれています。
しかし、上述のとおり今回は温めて美味しくしたかったため、極力白麹は入れたくない。。。そこで、同じ酵素が含まれている「さつま芋」に注目しました。
「栗きんとんのような味や色に仕上がりつつ、香りもたくさんでるのではないか!」と仮説をたてて、試行錯誤しました。
色々と試した結果、予想通りの結果にはならず、むしろ黄麹のみで糖化させたときが一番香りが出て、しっかりと糖化もされるということがわかりました。
ある程度の知識をもとに予想を立てて行ったことが外れることは面白く、発酵の全てをコントロールできない感じが実体験としてわかり、良い経験となりました。
2-2.原料処理の試行錯誤
栗はご存知の通り、鬼皮と渋皮に包まれており、栗の皮むきというのはとても大変な作業です。
今回は栗感をしっかり出したかったので、16kgもの栗を使いました。そのため、皮むきなどの原料処理がとても大変でした。
戸田さんにもシェフにも手伝っていただきましたが、処理をはじめてから醪に加える状態にするまでに、2日もかかってしまいました。
また、デンプンをα化させるために栗を熱しなければならないため、そこも大変なポイントです。
その方法を考えたところ、大量の栗に熱を加えるには蒸すのが良い!と思い付き、なんと、いつもはお米を蒸している蒸し器で栗を蒸しあげました。
蒸し器で米以外を蒸したことは今回が初めてだったので、新しい使い道を発見してしまったともとれます。今後蒸し器を面白く使った酒造りも出てくるかもしれません。
2-3.熟成への仮説
最近、お酒の熟成について調べる機会があり、ふと「栗どぶろくって熟成に向くのでは?」と思いました。
その理由としては、2点あります。
・栗の香りと熟成で出る香りの相性が良さそう
・熟成によって酸味が柔らかくなりそう
まず先ほども述べたとおり、多麹で造っているため、糖分とアミノ酸の量がとても多くなっています。この2つは熟成の反応のメインとなるメイラード反応に密接に関わるもので、含まれる量が多いと熟成が進みやすくなります。
(メイラード反応:糖分とアミノ酸が結合することによって時間経過とともに茶色くなっていく現象。飴色玉ねぎやお肉を焼くと茶色くなる現象と同じものです。)
このメイラード反応が進むにつれ、色だけでなく少しずつお酒の香りも変化していきます。
代表的なものに、ナッツやカラメルのような香りの「ソトロン」という成分があります。この香りは、もしかしたら栗どぶろくとうまいことマッチするのではないかなと考えています。
熟成によって変化するのは香りだけではありません。
お酒に含まれている酸味は、熟成をさせることでアルコールと結合し鋭さが減り、柔らかい酸味になるといわれています。
今回の栗どぶろくは、発酵経過でリンゴ酸を多く産生しています。このリンゴ酸は元々も鋭い酸味ではないのですが、熟成によりさらに柔らかく変化することで、もっとお燗向きの味わいになるのではないかと思っています。
ここで考えたことは完全に予想で、必ずこのように変化するとは断言できません。
どぶろくは冷蔵保管でフレッシュなうちにお楽しみいただく、、、推奨なので、一応熟成は非推奨です笑。
(ちなみに山岸は好奇心に勝てず、すでに3本ほど押し入れにしまっています。)
2-4.今後について
WAKAZEでアルバイトをして、様々な素材を使ってお酒を造るのを間近で見てきて、米という植物の懐の深さをひしひしと感じました。
この懐の深さに存分に甘えながら、様々な素材にチャレンジしたいなと思っています。
以前シードルの醸造所や地元の農家さんに話を聞いた際に「小さすぎて売れない果実も、その小ささが生きる場面がある」ということを学ぶことがありました。
生食で食べられないような果実も、お米と掛け合わせることによって美味しいお酒にするということができたら良いなと考えています。
また自分は、WAKAZEの「ポップな酒を造りつつギークなことをやる」という部分がとても好きなので、今度は思いっきりギークな事やって、飲んで美味しいお酒を考えたいなと思っています。
そこで今後は、日本酒造りには欠かせない麹の酵素にもっと着目して勉強していきたいと思っています。
3.「栗どぶろく」 取扱いの酒屋さん
さて、ご紹介をしてきた栗どぶろく。11/20金よりオンラインストアでは受付を開始してもらったのですが、早くも完売になっており驚きです。。。!
オンラインストアでは完売してしまいましたが、三軒茶屋醸造所のリカーショップおよび併設飲食店Whim SAKE &TAPASでは今も飲める&買えます!
栗どぶろくを出荷した酒屋さんのお名前は下記のとおりです、
ぜひお近くのお店にないかお問合せをしてみてもらえるとうれしいです!
●北海道
・グランヴァンセラー すすきの店
・酒乃矢 稀八
●宮城県
・平野商店
●秋田県
・酒屋まるひこ
●長野県
・三代澤酒店
●栃木県
・増田屋
●群馬県
・高橋与商店
・山屋商店
●埼玉県
・川越角屋
・たつみ清酒堂
●東京都
・未来日本酒店 渋谷PARCO店
・発酵デパートメント
・五本木ますもと
●愛知県
・酒のふじや
・美味良酒マルア
●大阪府
・とめかわ酒店
●奈良県
・登酒店
●広島県
・酒商山田
(※複数店舗展開の酒屋さんについては、本店住所で記載しています。在庫、店舗ごとのお取扱い等は直接お店までお問合せくださいませ)
Text by Yamagishi
WAKAZE三軒茶屋醸造所のアルバイト蔵人。
理学部3年で、大学では生命科学を学んでいる。初めて飲んだ日本酒が米と水のみでできていることに驚き、もともと生物が好きだったのもあり発酵に興味を持つ。その後、強烈に「お酒造りがしたい!」と思うようになった際に東京でお酒が造れる場所があると聞き、WAKAZEでアルバイトを始める。お酒を科学的・生物学的に考えることが好き。